最高裁判所第一小法廷 平成7年(行ツ)159号 判決 1997年9月18日
アメリカ合衆国
ミネソタ州レッドウィング メインストリート 三一四リバーフロントセンター
上告人
レッド ウィング シュー カンパニー インコーポレイテッド
右代表者
グレン・ダマー
右訴訟代理人弁護士
宇井正一
同弁理士
勝部哲雄
田島壽
京都市南区吉祥院中島町二九番地
被上告人
株式会社 ワコール
右代表者代表取締役
塚本能交
右訴訟代理人弁理士
浅村皓
小池恒明
緒方園子
岩井秀生
右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第七九号審決取消請求事件について、同裁判所が平成七年三月二三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人宇井正一、同勝部哲雄、同田島壽の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友)
(平成七年(行ツ)第一五九号 上告人 レッド ウインダ シュー カンパニー インコーポケイテッド)
上告代理人宇井正一、同勝部哲雄、同田島壽の上告理由
第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要な事項について法令違背がある。
すなわち、特許法・商標法等の工業所有権法において審決に対する訴訟の管轄を地方裁判所ではなく東京高等裁判所の専属管轄としているのは、工業所有権法分野の専門官庁である特許庁において準司法的手続によって厳正に行われる審判手続を尊重し、これを第一審相当のものとして取り扱うからである。このことは、商標法第五〇条のいわゆる不使用取消審判の審決取消訴訟についてもなんら区別されるものではない。
最髙裁判所は特許事件につき「特許無効の抗告審判の審決に対する取消の訴においてその判断の違法が争われる場合には、専ら当該審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされるべきもの」とし、審判段階で提出きれなかった新たな証拠は補強的なものでなか限り取消訴訟段階で提出することは許されないと判示した(昭和四二年(行ツ)第二八号事件、昭和五一年三月一〇日大法廷判決)。一方、商標の不使用取消審判の審決取消訴訟において新たに提出された証拠については「商標登録の不使用取消審判で審理の対象となるのは、その審判請求の登録前三年以内における登録商標の使用の事実の存否であるが、その審決取消訴訟においてな、右事実の立証は事実審の口頭弁論終結時に至るまで許される」と判示している(昭和六三年(行ツ)第三七号事件、平成三年四月二三日第三小法廷判決)。
これらの判決の相違は、前者が特許事件として技術専門行政庁の専門的知識経験を有する審判官による審理判断を経た利益を尊重すべきことを根拠として裁判所の事実認定権を制約するのに対し、後者は商標の使用事実の認定時期が争点とされた事実認定の問題であったためと解され、それぞれの事案において両判決の判断は正当である。
ところで本件は商標の不使用取消審決の取消訴訟である点で、一見前記小法廷判決と類似する事案であるが、実際には前記大法廷判決の射程内にある事案である。
すなわち、原判決は特許庁の審判段階では提出されず訴訟段階で初めて提出された証拠方法に基づいて、登録第七九一一七九号商標(「本件商標」)が指定商品「洋服」に使用されているとして、特許庁の不使用取消審決を取り消したものであるが、審決取消訴訟段階で初めて提出された新たな証拠方法を根拠とすることから、かかる証拠方法の取扱いについては前記小法廷判決を前提としていると解される。
しかしながら、前記小法廷判決の事案においては、登録商標を指定商品に使用したか否かは争点とされなかったのに対し、本件は使用の有無を問われた商品が不使用取消請求に係る指定商品に該当するか否かが問題とされている点で事案をまったく異にするのである。
不使用取消審判において審理の対象となるのは審判請求の予告登録前三年以内における登録商標の使用の事実の存否であることは前記小法廷判決の判示するところであるが、或る商品が商標の不使用取消請求に係る指定商品に該当するか否かは商標権の消長に関わる問題として商標法的見地からすぐれて専門的な判断が必要となる。
現行法の登録主義下、商標登録に関する事項は特許庁の専権事項であり、不使用取消も或る指定商品についての商標登録を取り消すものである以上、或る商品が不使用取消請求に係る指定商品であるか否かは特許庁の審理判断を経る必要がある。特に、指定商品の解釈、に商品の類否は専ら特許庁の主導の下に永年にわたって行われてきた事実に鑑みると、かかる事項について特許庁の審理判断を経る必要性は極めて髙い。
特許庁の審理判断を経ないとすると、特許庁の類似商品審査基準において商品の類否についての統一的な運用に基づく従来からの実務慣行に破壊的な影響を及ぼすことになる。
また、仮に原判決のように指定商品の解釈について特許庁の判断を経ずに裁判所が決定できるとすると、かかる判決確定後に商標法第六三条第二項で準用する特許法第一八一条第二項により特許庁においてさらに審理がなされることになるが、行政事件訴訟法第三三条により判決の拘束力が同一事件に及ぶことから、特許庁審判官は自ら指定商品の判断をすることが許されないこととなる。すなわち、特許庁は自ら関与できなかった専門的事項について裁判所の判断に拘束されることになる。かかる事態は商品に関する特許庁の永年の運用・慣行を崩壊させ、不使用取消審判の存在意義を失わしめ、ひいては商標法によって維持されてきた競業秩序にきわめて重大な影響を及ぼし、もって法的安定を阻害することは必定である。
なお、本件商標が使用されたとされる指定商品がナイトウェアであるとともに外出着であるすなわち多目的商品であるという被上告人の主張は、商品区分に関する東京高等裁判所昭和六〇年五月一四日判決(昭和五七年(行ケ)第六八号事件)とは事案を異にすることは後述のとおりである。
以上の次第で、ある商品が商標の不使用取消請求に係る指定商品に該当するか否かについては商標権の付与を担当する専門行政庁である特許庁の関与が不可欠である点で、本件は前記大法廷判決の事案と趣旨を共通にすべきものであり、商標不使用取消審判に係る事件であるからといって前記小法廷判決と軌を一にすべき合理的理由は何ら見出すことはできない。
原審における被上告人の主張のように、外出着としても用いることができるからという理由でねまき類が洋服に該当する旨の主張は特許庁における不使用取消審判においては到底受け入れられるものでなく、原審の認定は永年にわたって築かれてきた特許庁の実務および秩序を根底から覆すものである。
指定商品の解釈については特許庁の専門家の判断を経るべきとするのが商標法第五〇条の趣旨であり、この限りにおいて裁判所の事実認定権は制約を受ける。原判決にはこの点を看過した法令違背があるといわなければならない。
第二点 原判決には、商標法施行規則の解釈適用を誤った違法がある。
すなわち、原判決は商標法施行規則にいう指定商品としての「洋服」の解釈を誤り、その結果、商標法施行規則に反する結論を導いたといわざるを得ない。
一、旧商標法施行令別表第一七類にいう「洋服」の解釈についての原料決の判断は誤りである。商標権者は登録商標を指定商品に使用する権利を専有する(商標法第二五条)とともに、指定商品について登録商標に類似する商標の使用または指定商品に類似する商品についての登録商標もしくはこれに類似する商標の使用を禁止できる(同第三六条)。このように或る商品が登録商標の指定商品に該当するか否かは商標権の客体に関わるものとして商標権の範囲を画する上で極めて重要な問題を伴う。
二、しかるに、原判決は以下に述べる理由により、商標法上の商品、より具体的には旧商標法施行令別表第一七類にいう「洋服」の解釈を誤っているといわなければならない。
(1) 商標法は取引における商品の出所の混同を防止することにより商標を保護し、もって商標使用者の業務上の信用を保護するとともに取引秩序の維持を図らんとするものであり(商標法第一条)、かかる目的のために登録商標を指定商品に独占排他的に使用する権利である商標権を付与する。したがって、権利の客体となる商品を具体的に例示する商標法施行令別表第一七類にいう「洋服」についても、商標法の趣旨から解釈されるべきことは当然である。すなわち、商標法が或る商品が取引される際に使用される商標を保護するものである点に鑑みれば、商標法施行規則にいう「洋服」とは「取引段階で洋服として販売されるもの」をいうと解さなければならない。
したがって、原判決の認定のごとく、商品のデザイン段階でねまき類に外出着としての機能を付加したこと、あるいは、ねまき類がエンド・ユーザーに購入された後(取引が終了した後)に購入者が外出に際して使用するか否かによって「洋服」であるか否かが判断されるべきではない。あくまで、商標使用者が「洋服」として販売し、かつ、小売店等の取引者が「洋服」として販売するものが商標法施行規則にいう指定商品としての「洋服」なのである。
しかるに、原判決において「洋服」とされたものは被上告人会社のナイトウェアカタログにナイトウェアとして掲載された商品であるところ、かかる商品がデザイン構成や購入者の使用方法いかんによって「洋服」に該当したりしなかったりというのは極めて不可解である。
(2) 旧商標法施行令別表を受けた旧商標法施行規則第一七類は「ねまき類」を上位概念として配置し、その下位概念の商品として「ねまき、パジャマ、ネグリジェ、ナイトガウン」を列挙する。ここにいう「ねまき類」は「夜着・寝巻の総称」すなわち「ナイトウェア]を意味する。
一方、「洋服」に関しては、「洋服」を上位概念として配置し、その下位概念の商品として「礼服、背広服、学生服、作業服、ずぼん、イブニシグドレス、スーツ、子供服」を列挙する。
旧商標法施行規則第一七類に属する商品は上位概念・下位概念の関係をもって分類され、上位概念に属する商品に含まれる下位概念の商品は決して他の上位概念の商品に含まれない。かかる上位概念・下位概念による商品の分類によって、実務上、権利の客体である指定商品の範囲を明確化して法的安定性が図られてきたのである。
このように、旧商標法施行規則は「ねまき類」(ナイトウェア)に属する商品は「洋服」に属する商品とはまったく別個のものとされていた。しかも、現在の商標法施行規則においても、「ねまき類」(ナイトウェア)に属する商品は「洋服」に属する商品とは別個なものとされている。すなわち、現行商標法が施行された昭和三五年四月一日以来今日に至るまで三〇年以上にわたり商標法施行規則において「ねまき類」(ナイトウェア)に属する商品は「洋服」に属する商品とは別個なものとされてきたのである。
しかるに原判決は、被上告人が、ナイトウェアとしても着られるが、同時に家の中でくつろいだ時に部屋着として着たり、そのまま散歩や買物等の外出着としても使用できるといった衣類を製造し、その用途を宜伝していると認定し、ナイトウェアカタログに掲載された商品であるからといって「ねまき類」としての意味しかないとすることはできず「洋服」をも含むものとして「ねまき類」(ナイトウェア)に属する商品であっても「洋服」にも該当するとした。
かかる原判決の解釈は、旧商標法施行規則および現商標法施行規則の解釈を誤ったというよりも、これら規則を真向から否定するものである。すなわち、原判決は通産省令たる商標法施行規則を否定し、特許庁が築いてきた慣行および秩序に介入したものであって破棄を免れ得ない。
なお、指定商品の二面性が問題となった事案として前記東京高等裁判所昭和六〇年五月一四日判決(昭和五七年(行ケ)第六八号事件)がある。この事件では「クリーム状の洗顔料」が「石鹸」および「化粧品」のいずれにも該当すると判示したが、この事案では、「クリーム状の洗顔料」が化粧品のシリーズとして広告宣伝されたこと、薬事法で「医薬部外品」の取扱いを受けていたと同様、実際の取引においても「化粧品」として販売されていたため「化粧品」にも該当するとされたのであって、本件のように問題となる商品が「ねまき類」(ナイトウェア)としてのみ販売されていた事案とこの判例とは事案を異にする。
(3) 旧商標法施行規則第一七類は被服中の上位概念として洋服、セーター類、ワイシャツ類、下着等が掲げられ、この下位概念として個々具体的な商品が列挙されている。洋服に属する商品として「礼服、背広服、学生服、作業服、ずぼん、イブニングドレス、スーツ、スカート、子供服」が列挙されている。この旧商標法施行規則第一七類の区分の表記方法からして、商標法は被服を上に着る被服とその下に着る被服(より肌に近い意味)被服の相違による区別をもって商品の帰属を定めていると解される。すなわち、旧商標法施行規則第一七類は肌の上に直接着るのが下着類、下着類の上に着るのがワイシャツ類、そして、ワイシャツ類の上またはワイシャツ類の上にセーター類を着た上で着用され、専ら外出に際して着用されるものが洋服であると解している。
しかしながら、原判決が「洋服」とした商品はこのカタログから明らかなように下着類、ワイシャツ類(場合によってはさらにセーター類)を着た上で着用されるものではない。しかも、専ら外出に際して着用されるものでもない。かかる表記方法は現行の商標法施行規則の商品区分に踏襲されており、かかる解釈はすでに確立しているといわなければならない。
このように、原判決は商標法施行規則で確立している「洋服」という商品を誤って解釈したものである。
(4) 前述のように、商標法施行規則上「ねまき類」(ナイトウェア)に属する商品は「洋服」に属する商品とは別個なものとされ、「ねまき類」(ナイトウェア)に属する商品が「洋服」に該当するとはされていないことに対応して、特許庁は現行商標法施行以来今日に至るまで「洋服」と「ねまき類」とは相互に非類似の商品としている。
一方、商標法上、相互に同一または類似の商品でなければ同一の商標であっても登録可能であり(第四条第一項第一一号)、また指定商品が複数ある場合には各指定商品ごとに商標権があるものとみなされており(第六九条)、非類似の商品ごとに分割移転が可能である(第二四条第一項)。
その結果、「洋服」、「ねまき類」をそれぞれ指定商品として同一の商標をそれぞれ別の者が登録商標として取得することが可能である。
しかるに、原判決によれば「ねまき類」を指定商品とする登録商標の商標権者が「ねまき類」に該当するドレッシングガウンを取引上ドレッシングガウンとして販売しても、当該商品が外出用にも着用できると宣伝広告すれば当該ドレッシングガウンは「洋服」ともなって、 「洋服」を指定商品とする登録商標の商標権の侵害となる。
また、例えば「洋服」のみを指定商品とする登録商標の存在を商標調査によって知った者が、当該登録商標に類似する商標を指定商品と非類似であるドレッシングガウンに使用した場合にも、当該商品が外出用に着られるものと宣伝広告したり、購入者が外出用に際して着用したときは「洋服」のみを指定商品とする登録商標の商標権の侵害となる。
原判決に従えば、特許庁の現行法施行以来新しい商標法施行規則が施行されている今日に至るまで永年にわたって行われ確立された商品類否の審査基準もすべて根底から覆えさなければならない。そして、これまでの審査に基づく法的安定性も損なわれ、さらに従来登録を受けられた者が今後登録を受けられなくなり、商標法施行規則に反するものであって特許庁の実務を無視するものである。
以上、右第一点および第二点のいずれの理由によっても原判決は違法であり、破棄されるべきである。
以上